楢村友隆先生のご紹介


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顧問・楢村 友隆

ならむら・ともたか

東亜大学 医療学部医療工学科/アセアンセンター 特任准教授

カンボジア王国 International University 客員教授

博士(保健科学)、臨床工学技士

2017年10月より、株式会社 旅行透析 顧問に就任

 

本メディカル工学専門学校臨床工学科卒業、九州保健福祉大学大学院保健科学研究科博士後期課程修了。(医社)医伸会いでクリニック 臨床工学技士長を歴任後、千葉科学大学、純真学園大学を経て現職。

日本臨床工学技士会 代議員・国際交流委員会委員・透析関連安全委員会委員、兵庫県臨床工学技士会 理事、臨床工学国際推進財団 理事、日本血液浄化技術学会 代議員・国際委員会委員、日本透析医学会 発展途上国の透析スタッフ育成プログラム小委員会委員、SO/TC150/SC2/WG5(透析液製造規格関連 国際標準化機構ワーキンググループ) 日本代表委員。専門は臨床工学、血液透析学、微生物制御学。

 

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フィリピン マニラ 神戸クリニックにて水質検査中の楢村先生

世界の透析事情1 タイ王国

タイ王国 

タイ王国(通称タイ)は、人口およそ7,000万人の立憲君主制国家であり、東南アジアではインドネシアに次ぐ経済規模を誇っています。

首都バンコクにあるスワンナプーム国際空港は世界中の航空会社が乗り入れ、アジア諸国のハブ空港としての役割を担っており、透析関連の日系企業も数多く進出している国として知られています。

アジア諸国における透析施設数・患者数は年々増加しており、タイも例外ではなく、2015年現在透析患者数4万人、透析施設数750施設と報告されています。タイでは医療保険財源が3種類あり、国民の殆どが何らかの公的保険に加入する「国民皆保険」が達成されています。

保健省から公務員医療保険への予算の割当は“出来高払い”であるのに対し、国民の多くが加盟している社会医療保険もしくは国民医療保険への予算は加入者数に依存する“人頭払い”で決められています。

公的保険により施設に支払われる透析治療費は1回あたり1,500 バーツ(1バーツ≒3.4円、2017年10月現在)と低額であり(日本の透析医療費は1回約22,000円+材料費)、材料費や薬剤費などは全て“まるめ”であるため、混合診療により患者に直接負担を求めている病院もあります。

外国人は自由診療の扱いとなり、病院により透析医療費は異なります。医療ツーリズムに注力しており、外国人向けの病院が多いこともタイの特徴の一つです。

@ King Chulalongkorn Memorial Hospital

国内トップレベルの国立Chulalongkorn大学が擁するKing Chulalongkorn Memorial Hospital。シーロム駅の近くにある約1500床を誇る巨大総合病院で、公的保険が利用できるため一般外来患者は1日に5,000人以上訪れます。

最近オープンした新透析室。オンラインHDF治療も施行できるよう、水処理装置は最新鋭のものが導入されており、日本透析医学会が定めている透析液水質基準達成を目指しています。

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A Samitivej Srinakarin Hospital

アジアトップレベルの医療水準を誇る私立サミティヴェート病院グループのSamitivej Srinakarin Hospital。バンコク東部スワンルワン区シーナカリン通りにあり、タイ最大のこども病院も併設しています。タイの医療ツーリズムの拠点病院として機能しており、英語、日本語を含む多言語通訳が常駐しています。人工透析治療も行っており、オンラインHDF治療にも対応しています。

日本人が多く住むワッタナー区スクンヴィット通りにある本院のSamitivej Sukhumvit Hospitalは、日本人患者が多く訪れることでも有名です。

(透析室内の写真は、プライバシー保護のため画像処理をしています。)

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世界の透析事情2 ブラジル

ブラジル連邦共和国

 ブラジル連邦共和国、通称ブラジルは南アメリカに位置する連邦共和制国家です。南米大陸で最大の面積を誇り、チリとエクアドルを除く南米10ヶ国と国境を接しています。南米大陸最大の面積を擁する国家であると同時に、最大の領土、人口を擁する国家で、面積は日本の約22.5倍(世界第5位)にあたり、人口は約1億9800万人(世界第5位)となっています。ポルトガルの植民地時代が長かったことから、公用語としてポルトガル語が使用されています。

 ブラジルまでは日本からの直行便がなく、米国もしくは欧州・中近東で乗り継ぐ必要があります。私は伊丹空港から出発して東回りでブラジルに入りましたが、伊丹 → 成田空港(約1時間30分)、成田空港 → 米国・ニューヨーク(約12時間30分)、米国・ニューヨーク → ブラジル・サンパウロ(約12時間)と、飛行機に搭乗している時間だけでも実に26時間ほどを要し、乗継のための手続きや空港での待ち時間を入れると、およそ片道40時間を要しました(米国では9.11事件以降、セキュリティーチェックがかなり強化されており、近年国際便の乗継手続きにかなりの時間を要することがあるため、時間に余裕を持って乗継便を押さえています)。ちなみに、帰りは隣国アルゼンチンから帰国したため、さらに乗継が増え、帰国に50時間を要しました…。

 

@ Clinica CINE(写真1〜3)

Clinica CINEは、患者数約250名の大規模透析クリニックです。透析スケジュールは朝6時から1クール目を開始し、1日3クール施行しています。透析は椅子型が主流で、ベッド型は皆無です。殆どの透析装置が欧州製ですが、日本の透析装置も一部使用されています。透析は1回あたり150レアル(1レアル≒50円)(2010年)であり、全額政府負担です。透析条件はQD:500mL/min、QB:300〜400mL/min、透析時間:4h、Kt/v:1.4以上を目標とすることが国内標準となっています。

 

A Clinica CNTT(写真4〜7)

 Clinica CNTTは、透析患者数250名、CAPD患者数80名ほどのこちらも大規模透析クリニックです。透析スケジュールはClinica CINEと同様です。

両施設ともダイアライザはリユース(再使用)されており、洗浄消毒方法が専用装置による洗浄消毒か手作業洗浄消毒かでリユース回数が異なります。ブラジル政府の規定により、専用装置による洗浄消毒の場合は20回/1本、手作業の場合は12回/1本ほどリユースされています。

 

南米全体ではメタボリック症候群患者が増加しており、糖尿病性腎症から透析導入となるケースが最も多いですが、ブラジル国内での報告では統計上それほど多くありません。これに関しては、実際に患者数が少ないのではなく、末期腎不全の診断または治療が十分に行われていない可能性が指摘されています1)。ブラジルの食事はやや味が濃い目で非常に美味しいですが、殆どの料理に塩がしっかりときかされており、ケーキやアイスクリーム、チョコレートなどは、甘いもの好きな私でもあまりにも甘すぎて口にすることができないレベルです(甘味成分の正体は人工甘味料です)。ブラジルを旅行される場合、食事からの塩分摂取過多による体重増加に注意を払う必要があります。現地の医療スタッフに透析間の平均的な体重増加および除水量を尋ねたところ、体重増加は平均4kg、除水は1回4時間透析で約4Lが平均であるとのことでした。

 文献

1)    大橋温、加藤明彦:各国の透析・腎移植事情(中南米). 臨床透析 23:233-238, 2007

 (透析室内の写真は、プライバシー保護のため画像処理をしています。)


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写真1 サンパウロ市内の様子

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写真2 Clinica CINEの様子

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写真3 Clinica CINEでの透析風景

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写真4 Clinica CNTTの外観

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写真5 Clinica CNTTでの透析風景

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写真6 日本では使用されないオゾン消毒システム

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写真7 ダイアライザーのリユース作業風景

世界の透析事情3 カンボジア王国

カンボジア王国 

 

カンボジア王国(通称カンボジア)は、人口およそ1,500万人の立憲君主制国家であり、1953年にフランスから独立したものの、その後内戦を繰り返し、1993年に現在のカンボジア王国として誕生しました。首都プノンペンから飛行機で1時間ほどのところにあるシェムリアップの世界遺産アンコールワットは世界3大仏教遺跡として有名です。

カンボジアの歴史は悲劇の歴史として知られています。1953年にフランスから独立したカンボジアは、その後ベトナム戦争に巻き込まれることとなり、米国からの空爆で数十万人規模の一般人が犠牲となった上、農業大国から一気に食糧難へと陥落しました。1973年、ベトナム戦争は一旦終息に向かいましたが、カンボジア国内における内戦は続きました。1975年、毛沢東思想を信条とするクメールルージュ勢力がカンボジアを統制し、ポルポト政権がスタートします。このポルポトは、原始共産主義を掲げ、格差・階級が存在しない社会を作り上げるために、カンボジアを原始時代にまで戻す政策を取りました。ポルポトは10才〜14才程のクメールルージュ勢力の兵隊を大量にたずさえ、知識人である医師・教師・技術者や知識を得ようとする学生を皆殺しにしました。眼鏡をかけているから知識人、手がきれいだから知識人、イケメン・美女は知識人、と多くの大人を容赦なく殺害し、ポルポト政権4年間の間に当時800万人程度の人口であったカンボジアで実に200万人以上の大人を殺害しました。その後も内戦は続き、内戦が終了したのは1991年です。現在、日本の援助により首都圏の地雷はほぼ撤去され、失われた時代から再建を行っている真っ只中にあります。

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写真は、首都プノンペンにあるキリングフィールドと呼ばれる、ポルポト時代に大量虐殺が行われた場所です。当時、この地で多いときには1日1万人近くがハチの巣状態になるまで銃で撃たれたそうです。現在は慰霊のために塔が立てられていますが、その中には当時殺害された人々の頭蓋骨がびっしりと並べられています。骨や衣類はかなりの量が回収されていますが、未だに写真@右下のように地面のあちこちに人の衣服が埋まったままの状態になっています。カンボジアのこの惨劇は、「キリングフィールド」という映画にもなっています。

 

 

カンボジアでは歴史的背景から医療面で他個より立ち遅れていましたが、1997年に国内初の透析センターが設立されました。2015年現在、国内の透析患者数は550人、透析施設は10施設ほどで、透析施設のある場所は首都プノンペン、観光地のシェムリアップ、カンボジア西部に位置するバタンバンの3地域のみです。1回の透析治療費はおよそ50 USDであり、健康保険制度が発達していないため、国内の透析患者は全額自費で治療を受けなければなりません。検査費用等も別途支払いが必要です。サラリーマンの平均月収が3万円にも満たない国ですのでお金持ちしか治療を受けることができず、多くの国内透析患者は透析治療を受けることが困難です。

Sen Sok International University Hospital (SSIUH)

プノンペン市内にあるInternational 大学が擁する大学付属病院。途上国への血液浄化技術支援を行う日本のNPO団体「いつでもどこでも血液浄化インターナショナル」が2010年に寄贈した血液浄化センターです(Cambodia-Japan Friendship Blood Purification Center)。

ここでは、日本で研修を受けた医師が勤務しており、現在でも同NPO団体が支援を行っています。日本語は通じませんが、英語は通じます。

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